木と和紙を組み合わせる

≪屏風≫
金銀葉脈紙屏風
福井県越前市で作られた「葉脈紙」を使用
和紙が欠かせない表具の仕事ですが、その中でも屏風は特にその薄くて強い紙に支えられています。屏風は木の骨組みの上に、和紙を何重にも重ねて作っていきます。一枚のパネル状にする為に、骨縛り、胴貼り、蓑掛け、下浮け、上浮けという工程を踏みます。数種類の和紙を工程ごとに違う貼り方で何重にもすることで、上に乗っても筒単には破れない強靭で軽いパネルに仕上がります。さらに、ジグザグに折れる蝶番の部分も和紙で作ります。ここが博くて強靱な和紙でなくては、屏風を何度も広げたり畳んだりすることに耐えられません。そして薄いからこそ、一枚ごとの繋がっている部分に隙間ができず、大きな一枚の画面に広がります。皆さんのご自宅のドアについている金具の蝶番をご覧になっていただくと良いかもしれません。ドアを開けた時、ドアと壁に金具の厚さ分の隙間ができてしまいます。その構造を薄い紙で作るので、開いても隙間ができなくなる。と考えていただければよいと思います。
屏風の歴史はとても古く、日本書紀に記述があるほどです。しかし日本書紀にある屏風の詳細は不明で、屏風の名前のごとく「風を屏く」ための装飾した板であったようです。そこから今のように木を骨組みとして紙でパネルを作り、皮や紺の紐で一画一画を繋げる方法が考え出されました。室町時代頃には紐で繋げるのではなく、紙で繋げる方法が考案されます。紙で繋ぐ方法は朝鮮で開発された説もあり、時と国を経て今の屏風のスタイルとして確立しています。
屏風にも種類があり、茶事に関わる方々は「風炉先屏風」が身近な屏風かと息います。炉の奥に立てる屏風で、お道具を引き立てる役割、風除けの役割を担います。他には「枕屏風」という小さい屏風で、文字通り枕元に置いて風除けとしたり、枕元以外でも隙聞風を防ぐために使われました。大きな屏風としては、結婚式でお世話になることもある金屏風が一般で最も身近かと思います。今の日本では冠婚葬祭や美術館くらいでしか関わらない屏風ですが、明
治以前の家々では本来の役目である風除けや、豪華な飾りの調度品として重宝されていました。
私の住む安曇野でも、蔵のあるような大きなお家では今でも蔵に屏風が残っています。しかしながら自宅を現代建築で建て替えると大きな屏風を広げる広間が無くなり、隙間風なども吹きませんから、その役目はほぼ無くなっています。それでも、書や日本画の展覧会での、その大きな画面に描かれた美術品としての屏風は見応えあるものです。俵屋宗逹の「風神雷神図屏風」や長谷川等伯の「松林図屏風」は言わずもがな、近代日本画で重要文化財となった福田平八郎の「漣」も屏風の魅力あふれるものだと感じます。畳めることで収納面でも画期的で、広げればジグザグに折れることで同等の大きさの一枚のパネルよりも広く感じられる特色と魅力は、現在の作家の方々にも重宝される所以だと感じます。
屏風作製を専門とする工房もあるほどに、木と紙の融合で作る屏風は大変に労力と時間と修練が必要な難しいものです。そうだからこそ完成した時の豪快さ、重厚感は数ある表具のお仕事の中で一番かと思います。

