「表具する」ということ

とあるご年配のお客様から、全く表具されていない一枚の絵を表具してほしいとご依頼を受けました。「その絵描きさんの名前もわからないし、価値もそれほど無いことも知っている。ただ嫁ぐときの、唯一の花嫁道具なので飾りたいから良い掛け軸にして欲しい」とのことでした。他に仕立ててもらうようなものはなく、生涯最後の表具の依頼だと言っておられたのが印象的でした。
明治期から昭和初期辺りでの、絵画作品を売るために催す「画会」などでは、作品を未表具で展示して、後の表具は購入した人に任せるというスタイルがありました。昨今の販売の展示会ではすでに表具してあるのが当たり前になっていますが、このスタイルだと購入した人の予算や都合に合わせた表具が可能です。自分で表具師を訪ね、裂地を眺めながらこれが良いか、あれが良いかと楽しむこともできます。
また、作家自身が裂地を選んだり、誂えさせたりすることもあります。日本画家の上村松園は、金襴の裂地を作品に合わせてわざわざ誂えています。他では作家自身の落款印をデザインとして裂地に写して織らせたり、面白い手法としては、作品と表具の裂地までも描いてしまう「描表具」があります。描表具では酒井抱一、鈴木其一が有名ですが、その起源は鎌倉期の密教絵画まで遡れます。周りを裂地に見立て、そこまで緻密に描いてある曼荼羅は見応えがあります。それに額装も近年格安のものが普及していますが、本来色々と趣向が凝らされています。日本では八世紀あたりから、彫刻の施された額縁が存在します。漆塗りのものや金箔を貼ったもの、作品周りに良い裂地を貼ることも、もちろんできます。立体を活かした奥行きある額縁は、作品に風格を与えてくれます。表具を依頼するとき、表具師のお任せにする場合がほとんどかと思います。表具師は掛け軸や額に仕立てることだけでなく、その作品をよく魅せる術も知っていますから任せてしまえば安心です。しかし工房へわざわざ来られ、裂地を広げてお見せすると、これは好き、あれは嫌いとすっかり裂地の取り合わせに夢中になる方がよくいらっしゃいます。表具とは、ただ飾るための形として仕立てるだけでなく、作品への思い入れによって作家や持ち主の気持ちを反映できるところもあると思います。表具師に任せ、その趣向の違う仕上がりを待つもよし、自分で裂地を選び抜くもよし、手持ちの裂地を持ち込むこともできます。描表具に挑戦してみることも大変面白いでしょう。
作品を飾るときはそのまま作品に画鋲で火を開け、壁に貼るわけにはいきません。作品を作った人が、画鋲で貼ってある光景を見たときには、よそでこっそり残念がるかもしれません。けれども、わざわざ表具したら「そんなに立派にしなくても良かったのに」と言うかもしれませんが、きっと心では喜んでくれるかと思います。「表具する」というひとつの言葉の中には、技巧のほかに人の想いと歴史と、色々含まれているものだと感じます。

